空は父 母は大地

松川町の有志が作った冊子に
「頑張って暮らしたんだに-食の聞き書き-」というのがあります。

80代以上のおじいちゃん、おばあちゃんに
大正の末期から昭和初期、戦後以後の近代に
町で行われてきた行事、祭事に準備した食事や
日常の食事の風景をインタビューしたものです。

どの家庭も当たり前に祭事の準備をし
神様に感謝して、食事を頂いていた風景が見えます。

別にハレの日を特別にしたかったわけじゃなく
そうしなければならなかったたくさんの理由があったのだと思います。

そうしなければ地域の団欒なんて作れなかった。
神様に祈らなければなにも解決できなかった。
弱い集団を守るためにはいくつものルールが必要だったでしょう。
どこかが特別なのではなく、日本中がそうだったことだと思います。

読みふけると、やはり山間のそのまた奥にあった暮らしぶりは
とてもつつましく、大変であったことが伺えます。
でも、そこに留まるしか生きる術もなかったのだと伝わってきます。

昨日大鹿で「空は父、母は大地 第一話」と題したイベントで
「タテタカコ」さんの歌の会がありました。

開始前主催の人が話された言葉は遠く福島の大地を
汚染のため離れざるを得なくなった方たちへの思いでした。
農業に限らず、土地に根差した人たちが意味もなく追われたこと
難民という扱いを受け入れざるを得なかったことに対する無念さを思う
言葉に、今日の会を催した訳を知りました。

暮らしていくために、食べていくために。
それってそんなに簡単なことじゃない。
ずっと苦労をし続けてきた歴史を
もう一度からだに刻まなきゃ、
帰れないことの悲しさ、除染のむなしさがわからない
と言われたように思います。


子連れの親子参加がものすごく多い大鹿での集まり。
清内路から来た知り合いがびっくりしていました。

タテさんの歌は相変わらず素晴らしかった。
暮らしていくのに必要な歌があるのなら、こうゆうものなのかなと
昨日は思いました。
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by ffkwj658 | 2012-03-26 13:13 | 日常  

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